言葉にならない想いが錯綜していた。
それは悔恨、慟哭、そして、絶望。
九条総代の死は、天照郷全体に深い嘆きの影を落としていた。
それは、自分とて例外でなく。
必死に前を向いて歩いていこうとしても、足が出ない。道が見えない。
それでも、最後の決断をした自分が悲しい顔ばかりもしていられないと、無理をして笑った。
それが努めであると思ったから。
執行部の、特に総代の補佐役であった結奈などは、そんな姿に光を見出してくれたらしい。
他のメンバーも皆、想いの形は違っても、その方向性は同じのようだった。
彼らは次にすがるべき何かを俺に定めようとしている。
それを受け入れる事だけが、今の豊にできる最大限の努力だった。
半ば覚悟はできていた。
ただ、最後に―――どうしても思い残している事がある。
「飛河」
小さくその名を呼んだ。
あの日、出雲で、再会を夢見て訪れた場所で、起こってしまった悲劇。
ペンタファングの事は聞いた。
一瞬だけだった、思っていた形とは違う再会を果たした彼の事。
辛くて、苦しくて、ただそれだけで逃げ出した、それでも忘れられなかった、あの姿、金の瞳、無情な仕打ちと、それにそぐわない激しい熱。
「逢いたい」
渇いて張り付いた喉から、自分の声を久し振りに聞いた気がする。
出雲から戻って、今日まで口を利いていなかったわけじゃない。
執行部の仲間たちとも話したし、ペンタファングの皆や、教官に事情を説明したりもした。
ペンタファングのメンバー、崇志や伊織、凛は、自分達の状況に不安を感じつつ、それでも豊にまた逢えて嬉しいと言ってくれた。
「ゆんゆん、また逢えたね、やっぱりあたしたちって、運命だったりするのかなあ」
相変わらずの伊織に飛びつかれて、戸惑っていた豊に向けられた彼らの瞳。
暖かくて、優しい、思いやりの眼差し。
―――これまで俺は何を見てきたのだろう。
つくづく思い知らされた。絆は、ちゃんとそこにあった。それは決して一方的なものではなかった。
ただ気づかなかっただけ、わからなかっただけ。
俺が見ようとしていなかっただけ。
思わず泣いてしまった豊に、頼もしく笑いかける崇志と、おろおろする凛と、頭を撫でてくれた伊織を心から大切に思う。
執行部と、ペンタファングと、想いの深さにどれ程の違いがあったのか。
晃に言われたとおりだった。
やり方が違うだけで、彼らは同じだ。
愛し、愛される感情を知っている。こんなにも温かい掌を持っている。
だからこそ、今すぐにでも逢いたかった。
逢って確かめたかった。
―――薙に。
逃げ出してしまった、あの眼差しの持ち主に。
同じ様に紡がれていたものがちゃんとそこにあったのか、今日までの日々は無駄じゃなかったのか。
意思を託して送り出してくれた九条に対する思いも、もちろんある。
けれど、それだけじゃない。
豊は自分の意思で、自分の言葉で、ようやく口にする事ができていた。
「逢いたいよ、飛河」
今すぐ逢って、顔が見たい。声が聞きたい。自分の言葉で、ちゃんと話がしたい。
過去を全て水に流す事なんてできないし、忘れられない傷もたくさんあるけれど、それでも―――
「逢いたい」
窓を開けて、空を見上げながら呟いていた。
寮の自室。豊は今一人きりでここにいる。
数日前に晃から聞かされた、薙は、傷の治療が済むとすぐ何処かへ姿を消してしまったらしい。
この状況での失踪は間違いなく危険だ。
彼の身に何かあったらと、不安でも今はまだ勝手に動く事などできない。
ようやく手を伸ばせると、そう思ったのに。
日差しにかざした掌の輪郭は赤く染まっていた。
言葉を交わす前に、薙が恐ろしい事になってしまったら―――考えるのをやめようと、激しく首を振った。
桟に手をかけて、少しだけ身体を乗り出してみる。
「望みは、何だったんだろう」
呟く声ははかなく消えた。
ふと感じた気配に視線を落とすと、晃が寮に駆け込んでくる姿が見えた。
それから数分後には自室のドアが激しくノックされて、豊は驚きながら扉を開いた。
「ゆんゆん!」
顔を真っ赤に染めた晃が、息を切らしたまま飛び込んでくる。
「な、薙が、月詠行ったって、今、山吹センセが」
言葉の最後のほうはよく聞き取れなくて、豊はそのまま呆然と立ち尽くしてしまった。
薙が。
(一人きりで?)
月詠へ?
「そんな」
心臓が急にバクバクと鳴り始める。視界が暗い。掌に、汗が滲み出している。
今学院へ戻るという事がどういうことなのか、わかっていて行ったのだろうか。
どうしてそんな事、誰にも相談もせずに。
(飛河らしくない)
呟いて、はっとした。
顔を覗き込んだ晃が両肩を掴んで揺すっていた。
「ゆんゆん?おいッ、しっかりしいや!」
その手を掴んで握り締める。
内側で、何かが勢いよく湧き上がるのを感じていた。
「行こう」
強い言葉は、まるで自分のものでは無いような響きを伴って、豊自身に届いていた。
(続)